台湾最後の夜はこうして更けていった。Tさんの友人が近所の名所を案内してくれると言ってくれたが翌日朝早いので、鄭重に辞退する。
いったいにM氏にしろTさんにしろ、さすが貿易に携わっているだけあって外国人の接待には慣れている。というより家族も含めてごく自然体で接してくれるのがありがたい。
日本人のように人見知りをせず、好奇心満々といった様子。レストランも良くも悪くも気取らない、ごく庶民的なお店を選ぶ。面子を尊重して一応ご馳走してもらう立場上、こういったカジュアルな場所だとあまり気兼ねしなくてよい。もちろん、相応のお土産は渡しているのだが、外国人客だからといって高級レストランに連れて行かれると気まずい。
このあたり、日本人の場合はどうか?外国人を案内する時、奮発して懐石料理や回らない?寿司屋に行ったり、普段縁のない歌舞伎や能見学へ連れて行ったりしてはいないか?
もちろん、時間と予算に余裕があるのならそれもよい。しかし、変にかしこまって行儀よく接待するよりも、フランクに生活習慣の違いや家族紹介をする方が、招待を受ける側もリラックスできる。食事も現地の人間が普段食べるものに少し色をつけたくらいでいいのではないだろうか?
アメリカにおける日本文化研究の第一人者・ドナルド=キーンがエッセイで書いている。かいつまんで記せば、日本好きだからといって外国人に歌舞伎柄のハンカチやらグッズを贈るのはやめて欲しい、ごくありのままの日本を見せて欲しいということである。歌舞伎・能・懐石料理や茶道が日本の誇る伝統文化であることはいうまでもない。しかし現代の平均的日本人の生活にどれだけ溶け込んでいるというのか?まして普段洋式の生活スタイルで米飯よりパン食の方が多い若者にとって、それら伝統文化は外国人と同じくらいなじみのない世界なのである。
外国人に日本の文化を紹介するな、といいたいのではない。問題は、にわか仕込みの泥縄知識ではなく、ありのままの、自分たちの生活文化を紹介し、身の丈にあった範囲で外国人を接待するべきだということである。
外国人がやってくる、というだけで妙に構えてしまう日本人、それは自らの気負いすぎによる構えにすぎないのではないか?ボーダーレス化の進む21世紀の今日、日本を観光目的で訪れる外国人は激増している。彼ら・彼女らを迎える時、もっとリラックスして、カジュアルな雰囲気で迎えてもよいのではなかろうか?日常生活レベルでの相互理解が深まった上で次のステップとして伝統文化理解へ進むべきであろう。
帰国当日、午前10時のフライトということで朝5時起き、6時にタクシーで空港へ出発する。タクシーから降りるとき両親が「謝謝!」というと、朴訥そうな中年の運転手が「みんな中国語しゃべれるんだ・・・」とぼそっと言った。これがコトバの力である。欧米の国家元首クラスが外国訪問の際、それがたとえ使用人口の極端に少ないマイナー言語であっても事前に勉強し、スピーチの冒頭で使ってみる。それが拙いものであってもそれだけで聴衆に好感情を与える。コトバを学ぶというのは相手を理解する第一歩である。
たとえ自分の母語でいかに知識を身につけ、表現したところで、それは真に理解したことにならない。英語の話せない英文学者・中国語の話せない中国政治研究者というのはそれ自体がナンセンスである。そういったまがい物でも通用したのが今までの日本である。
ひとことでもよい。外国を旅するのであれば、その国のコトバを覚えて使ってみるべきである。不完全な文法・発音であってもかまわない。語学習得の目的はあくまで意思の伝達・コミュニケーションの達成にあるのだから。
エピローグ〜なぜ私はペンを取ったか?〜
長々と書き綴ってきたがこのあたりでエピローグとしたい。たった4日間の駆け足であったがずいぶんと充実した、実のある旅行であったと思う。基本的に旅が好きなのである。国内外を問わず、いかなる地域を訪れてもその土地に刻まれた歴史があり、歴史のない土地では代わりに豊かな自然がある。サイパン島のように風光明媚かつ現代史の重大な刻印を持つ島もある。
よく人は「旅は日常から解き放たれて、非日常を体験できるからよい」というが、私は全く共感できない。日常があるから非日常がある。日常を怠惰、無目的に過ごす者は旅に出ても怠惰で何の収穫を得ることもできないであろう。
日常で台湾の歴史を学び、語学を学び、実際現地を訪れ史跡を見て確かめる、会話を実践してみる、といった準備と実行が必要なのである。「あれがおいしかった、これが安かった」といった小中学生の修学旅行レベルの感覚では旅は何ももたらさないであろう。
さらに、旅は行って帰って終わり、ではない。見聞を文章にまとめ記録することで、体験を知識として集積できるのである。時間は流れ行くもの、誰にも過ぎ去った時間を取り戻すことはできない。また人間の記憶ほどあいまいなものはない。無力な人間が無情な「時間」に立ち向かう手立てはただひとつ、記録にとどめること、である。
よって、今回はこの場をお借りして私的ながら旅行記を連載させていただいた。今後も何度か台湾を訪れるときもあるかと思う。その都度、旅行記を読み返し、より多く豊かな収穫を得ることができるようにしたい。次回の旅行準備のために私はペンを取ったのだ。
最後に今回航空チケットからホテルまで手配をお願いした村山会長と桑山理事、多忙なところ貴重な時間を割いてご馳走してくれたM氏とご家族、Tさんと娘さん、友人ご一家に厚く御礼申し上げます。
私事ながら、ハードスケジュールおよび、偏った?見学コースを黙々とこなしてくれた我が両親に感謝する。これに懲りず、愚息に通訳ガイドのチャンスを与えて欲しい。
再見!美麗島。
2007年2月3日
大庭 乱


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